【追悼】2020 (96/186)

ファッションデザイナー、イベントプロデューサーとして活躍した山本寛斎さんが7月21日、急性骨髄性白血病で死去した。76歳だった。葬儀は近親者で済ませた。女優の山本未來さんは娘、俳優の伊勢谷友介さんは異母弟。 山本さんは1944年、洋服の仕立屋の長男として横浜市で生まれた。幼くして両親が離婚し、児童相談所に預けられたこともあった。62年に日本大英文科に入学したが、ファッションデザイナーを志して中退。コシノジュンコさんの工房に弟子入りし、67年にファッション界の登竜門である「装苑賞」を受賞した。 69年、旅先のロンドンでヘビ革のジャケット、パンツにアフロヘアという山本さんの姿が米「ライフ」誌に掲載された。71年には、日本人として初めてロンドンで、歌舞伎に着想を得た鮮やかで陽気な日本の美を演出したショーを開いた。英ロック歌手デビッド・ボウイのステージ衣装なども手掛けた。 74年から92年までパリ、ニューヨーク、東京コレクションに参加し、世界各地に約50店舗を展開した。翌年に演劇や音楽、祭り、ダンスの要素を含んだ総合イベント「スーパーショー」をモスクワで上演し、以降はプロデュース業に軸を移し、ベトナムやインドなどでも開催。「ファッションを通じて日本を元気にしたい」と国内各地でもエネルギッシュなショーを開いてきた。 20年3月、急性骨髄性白血病で入院していることを公表。7月31日には、自身が手掛けるイベント「日本元気プロジェクト2020『スーパーエネルギー!!』」をオンライン配信する予定で、山本さんの事務所では「予定通り開催する」とした。写真中央は、寛斎さんの40年の歴史を体感するファッションショー「HELLO JAPAN!!」の開催で「久々にエンジン全開」と話した山本寛斎さん。2013年撮影 【時事通信社】