旧日本軍壕、26年度公開目指す=首里城地下、進む調査―沖縄

火災からの再建が進む首里城(那覇市)の地下に、太平洋戦争末期の沖縄戦を指揮した旧日本陸軍の地下壕(ごう)が眠っている。約20万人が犠牲となった国内最大の地上戦を象徴する戦跡として一般公開を目指す沖縄県は月内に、中枢部につながる「第1坑口」などを2026年度から順次公開する計画案を策定。戦後80年を迎え、「物言わぬ語り部」の重要性が増す中、保存や公開に向けた取り組みが進む。
地下壕は沖縄に駐留した旧陸軍第32軍司令部が1944~45年に構築。総延長は推定約1キロ、5カ所の坑口が設けられたとされ、司令官の牛島満中将が戦闘を指揮した作戦室、兵士らが寝食する部屋などがあったという。
米軍の沖縄本島上陸を受け、司令部は45年5月に本島南部へ撤退。機密保持のため、壕の主要部や坑口を爆破した。その後、天井や壁面の崩落などにより、中に入ることはできなくなった。
2019年10月の首里城火災で地下壕への関心が高まったことから、県は保存・公開検討委員会を設置し、調査を開始。今年度は、壕中枢部につながる第1坑口周辺の表土を取り除き、坑道の床板など新たな遺構が見つかった。
県は昨年11月、沖縄戦関連の戦争遺跡として初めて、県の史跡に指定した。玉城デニー知事は今年2月、「当時の様子を知ることができる。貴重な戦争遺跡を発見できた」と意義を強調した。
県は、25年度以降も第1坑口周辺の発掘調査を進めて全体像を確認。保存のために埋め戻した上で、当時の坑口を再現して26年度にも一般公開する予定。既に一部確認済みの第5坑道も、見学者が立ち入れるよう整備し、30年度までに公開するとしている。
壕周辺を巡る平和ガイドで、県の保存・公開の基本計画策定に携わる仲村真さん(69)は、「修学旅行生や首里城を訪れる人など、多くの人が沖縄戦について考えるきっかけになれば」と話している。
[時事通信社]

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