「早く本土に帰したい」=硫黄島戦終結80年、1万人未帰還―遺族、両陛下の訪問に期待

太平洋戦争末期の硫黄島(東京都小笠原村)での組織的戦闘が終結してから26日で80年を迎えた。2万人余りの日本兵が戦死したが、うち1万人以上の遺骨が遺族の元に帰っていない。同島で父を亡くした金井佳治さん(80)=広島県府中町=は「早く皆さんを本土に帰したい」との一心で20年以上、遺骨収集に携わってきた。
4月7日には天皇、皇后両陛下が硫黄島を訪れ、戦没者を慰霊される。「いいんじゃないかと思う」。戦争の記憶の風化が懸念される中、両陛下の訪問への期待を静かに語った。
父は硫黄島の戦いで、旧日本陸軍独立速射砲第11大隊第2中隊を中尉として率いた金井正人さん。1914年3月生まれで、入隊前は青森県弘前市で中学教師を務めていた。佳治さんは44年4月生まれだが、その約3カ月後に出征したため、父の記憶は一切ないという。父をしのぶものは、日中戦争の戦地でノートに書き残した数枚のスケッチと、一緒に写る家族写真1枚ぐらいしかない。
同島にある父の墓標は、元は亡くなった場所に立っていた。「遺族で亡くなった場所が分かったのは私ぐらい。生き残りの人に父の部下の人がいて教えてくれた」と佳治さん。今は草木が生い茂ってジャングル状態となり、別の場所に移した。
遺骨収集に30回以上参加した佳治さんは「過酷な現場」と説明する。多くの遺骨が眠る地下壕(ごう)の中は蒸し暑く、ムカデやサソリ、大量のゴキブリが出る中での作業を強いられた。
現在は、草木が生い茂った地表付近にある「地上骨」を中心に収集している。硫黄島の戦い終結から80年たっても遺骨収集が進まない中、「地上骨は日光や雨にさらされ、傷みが早いため、地下壕の遺骨よりも早く掘り起こさないといけない」と話す。ただ、地面も高温のため、数回の作業で靴底が駄目になってしまうという。
遺骨収集は遺族らが高齢化し、次世代への継承が課題となっている。現在は自衛隊OBらと共に、学生を中心とした若い世代も参加。佳治さんは、絶対に素手で触らないなど丁寧に遺骨を扱うよう指導する。「今の若い人は戦争に関心がないが、遺骨収集に参加すると、戦争というものがある程度分かってくるはず。われわれも年を取り、続けるのが難しくなってきており、若い世代が引き継いでいってほしい」と願った。




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