屈辱から20年後の奇跡=神に導かれた王者―フォアマンさん

日曜日の朝、米ヒューストン郊外の小さな教会に、穏やかな笑みを浮かべながら礼拝に来た人たちと言葉を交わすフォアマンさんの姿があった。講壇に立つと、現役時代の逸話を交えながら巨体によく似合う迫力ある声でキリストの教えを説く。「28歳からは宣教が本職。ボクシングは、ほんのアルバイトだった」と語っていた。
71歳だった2020年、気さくに取材に応じてくれた。ただ、コンゴ(旧ザイール)のキンシャサでアリに敗れた1974年の世界戦に触れると、「私にとって最高の試合ではないのに、ほとんどの人がそれを聞くんだ」と少し語気を強めた。
アリをアリたらしめた「キンシャサの奇跡」と語り継がれる一戦。ベトナム戦争の兵役拒否によるライセンス剥奪を経て、32歳になっていたアリは復権を狙っていた。
40戦全勝(37KO)の戦績を誇る25歳のフォアマンは当然、「KOするつもりだった」。序盤から一方的に攻めたが、ロープにもたれて防ぐ相手に力を吸い取られていくようだった。スタミナを消耗した8回、顎を打ち抜かれてマットに沈んだ。
さまざまな敗因の分析がなされ、通常より緩んだロープがアリに味方したとも考えられた。消せない記憶について問うと、「ロープは私に何もしていない」と否定。そして、「私の負け。彼の方がリングの中で頭脳的だった」と簡潔に言った。
敗戦後、屈辱は「幽霊」のように付きまとう。「もう自分が人間ではないような気さえした」。再起したものの、アリへの挑戦権を争った77年の試合で敗れる。試合後の控室で「神の声を聞いた」。この神秘体験を機に突如として聖職に転じた。
二度と戦うつもりはなかったが、教会併設の青少年向けスポーツ施設が資金難に陥るなどし、金策のため復帰を決意。引退から10年で丸々と太り、誰もが無謀だと思った。
だが、諦めなかった。94年に無敗の王者モーラーに逆転KO勝ち。45歳で王座に返り咲くと、コーナーポストの前にひざまずき、静かに祈りをささげる。そして「幽霊を追い払った」と口にした。
キンシャサの悪夢から20年。奇跡を起こしたのは、アリだけではなかった。(時事通信記者・安岡朋彦)
[時事通信社]

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