2020.09.11 13:20Nation

伝統窯の火、絶やさず 原発避難先で再開―浪江の陶芸家「必ず帰る」

 福島県浪江町で300年以上続く伝統工芸品、大堀相馬焼の窯元「春山窯」の13代目小野田利治さん(58)は、東京電力福島第1原発事故の避難先で窯を再開した。伝統を継承し多くの人に作品を知ってもらおうと、陶芸教室などで活動を続けている。
 大堀相馬焼は、細かいひびで覆われた青磁で、相馬藩のシンボルである「走り馬」の模様と、熱いお茶を注いでも持てる「二重焼き」の構造が特長。小野田さんは20歳から家業の焼き物作りを始め、大堀相馬焼協同組合の理事長を務める。
 地震発生時は重さ2トン以上の窯が揺れ、工房を飛び出すと店舗にあった200点以上の作品が棚から落ちて割れていた。翌日から家族と共に避難生活が始まり、5~6カ所の避難所を転々とした。窯元の多くがあった大堀地区は帰還困難区域に設定され、現在も立ち入りが制限されている。
 焼き物作りを再開したい思いは切実だったが、設備も場所もなく、なかなか踏み出せずにいた。しかし、「原発事故に負けて伝統を途絶えさせるわけにはいかない」と奮起。陶芸教室の教え子の後押しもあり、2012年7月、同県いわき市で仮設工房を立ち上げた。小野田さんは「土地の紹介も、備品を集めてくれたのも生徒。津波で家を流された人もいたのに感謝しかない」と振り返る。
 難点は、うわぐすりの原料となる「砥山石」が採取できる大堀地区に立ち入れないことだった。しかし、独力で調合を重ねて作った「青マット釉(ゆう)」で、濃淡のある深い青みが美しい独特の作品を生み出した。「色の付き具合は窯の中の風の強さでも変わり、繊細で難しいが楽しくもある」と魅力を語る。
 17年に拠点を同県本宮市に移し、現在は月に約100人が教室に参加している。浪江町出身の大浦二三雄さん(65)は「浪江を離れても伝統文化に関わることができてうれしい」と話す。震災前は23軒あった窯元のうち、避難先で再開したのは10軒。小野田さんは、将来は浪江に帰り、伝統を受け継ぐ地で作ると心に決めている。「まずは現在の拠点で地盤を堅め、自分に自信をつけたい」笑顔を見せた。(2020/09/11-13:20)

2020.09.11 13:20Nation

Potter Hit by 2011 Disaster Keeps Age-Old Tradition Alive


A potter displaced by the 2011 triple meltdown at a tsunami-hit nuclear plant in Fukushima Prefecture has restarted making a type of ceramics that have been passed down in his hometown for centuries.
   Toshiharu Onoda, 58, the 13th head of the Shunzangama pottery, makes Oborisoma-ware, celadon ceramics distinguished by fine surface cracks that had been made in the town of Namie, Fukushima Prefecture, northeastern Japan, for over 300 years.
   Oborisoma-ware is known for being decorated with designs of running horses, a symbol of the Soma feudal domain, now Fukushima, and for its double-layered structure for insulation.
   Onoda, leader of the association of Oborisoma-ware potters, had been crafting the traditional ceramics at his family pottery in Namie since he was 20.
   But he had to evacuate because of the nuclear disaster at Tokyo Electric Power Company Holdings Inc.'s Fukushima No. 1 plant in the prefecture, triggered by the March 2011 earthquake and subsequent massive tsunami.

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