2024-09-12 07:33国際

ウクライナ戦争、極北の島に傷痕=住民分断、町の交流凍結―ノルウェーが統治強化へ・スバルバル諸島・第1部「二つの北極」(3)〔66°33′N=北極が教えるみらい〕

 草木が生えない褐色の高台に、小さな教会が建っている。北緯78度、ノルウェー領スバルバル諸島の町ロングイヤービン。中には、ロシア製のチョコレートを入れた器が置かれ、手書きのメモが添えられていた。「バレンツブルクの友人たちからの贈り物です」。ロシア国有企業が運営する隣町バレンツブルクとの間で唯一残る交流の印だ。
 約90年前、ソ連は鉱業が盛んなウクライナ東部やロシアから労働者を集め、バレンツブルクで石炭採掘を開始。スバルバル諸島は、ロシアと北大西洋条約機構(NATO)加盟国が同じ領土に共存する特異な場所だった。だが、ロシアのウクライナ侵攻は、北極海に浮かぶこの島に消えることのない傷痕を残した。
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 ◇引き裂かれた父子
 ウクライナ北部チェルニヒウ出身のイワン・ベリチェンコさん(37)は2014年、バレンツブルクの観光公社で働き始めた。母国では南部クリミア半島がロシアに「併合」された。それでも「鉱業に代わり、観光を主要産業にしようという試みに引かれた」。観光業界での経験を生かせるという確信もあった。
 当初、紛争の影響はなかった。「全員が一丸となって新事業に打ち込んでいた」。だが、プーチン政権が強権姿勢を強めるにつれ、バレンツブルク当局も反政府的な言動を弾圧。21年に公社職員が大量退職し、ベリチェンコさんもロングイヤービンに移り住んだ。22年のウクライナ侵攻後は「多くのウクライナ系住民が町を離れた」と語る。
 バレンツブルクで出会ったロシア人女性との間には、もうすぐ4歳になる息子がいる。母子はロシアにおり、会うのは容易ではない。これまで息子と一緒に過ごせたのはたった54日間。「私の人生の悲しい話だ」とつぶやく。
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 ◇失われた友好
 「戦争がすべてを変えた」。ロングイヤービン自治評議会のタリエ・アウネビック議長は、ウクライナ侵攻がさまざまな断絶を生んだと話す。
 バレンツブルクとは長年、合唱団が互いに訪問してコンサートを開いたりチェスの交流試合を行ったりし、友好関係を保っていた。
 だが、ウクライナ侵攻を受けて交流は凍結。ロングイヤービン観光局はバレンツブルク訪問ツアーの中止を全旅行会社に要請した。観光情報サイト運営会社のロニ・ブルンボル社長は「訪問者の落とす金がロシアの軍資金になる」と理由を説明する。
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 ◇消えるユートピア
 締約国の国民に居住・経済活動の権利を認めたスバルバル条約の下、移民を引き付けてきたスバルバル諸島。ロングイヤービンの人口約2600人の3割以上は外国人で、ノルウェー系住民の比率は下がり続けている。
 ロシアや中国の影響力拡大に危機感を抱くノルウェー政府は5月、同諸島に関する指針「スバルバル白書」を公表。「地政学的な緊張が高まっている」として、統治を強化する方針を示した。ノルウェー人の移住を促すための優遇措置も視野に入れる。
 ウクライナ侵攻から2年余、同諸島を覆った緊迫した空気は薄れ、戦争を話題にする住民は減った。だが、一度生まれた亀裂は確実に残ったまま。侵攻を機にバレンツブルクを離れたロシア人男性は「ここはもはや多様な人々が共生するユートピア(理想郷)ではなくなった」と話している。
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 ▽スバルバル諸島
 北極圏に浮かぶノルウェーの領土。最大の町ロングイヤービンは人口約2600人。ロシアが土地を所有する炭鉱の町バレンツブルク、日本など約10カ国が北極研究施設を置くニーオルスンがある。医療体制が十分ではなく、永久凍土に埋葬された遺体は分解されないため、重病患者らはノルウェー本土に移るよう求められる。 
[時事通信社]

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