道場から「一番優しい人」を=覚悟の渡仏―佐々木光さん・パリ五輪柔道「大国の父、柔道日本」(中)
2008年、代表を長く指導し、「フランス柔道育ての父」と呼ばれた当時80歳代の粟津正蔵さん(故人)は佐々木光さん(56)を前にカフェで朗々と歌い始めた。島崎藤村作詞の「椰子(やし)の実」。遠く離れた故郷をしのぶ内容の歌詞に涙があふれた。「先生が積み上げてきたものを崩してはいけない。覚悟しないと駄目だと思った」。渡仏して2週間のことだった。
公開競技だった1988年ソウル五輪の女子66キロ級で金メダルを獲得した。引退後は指導者になって大学などで教えていたが、「選手はやってるのじゃなくて、やらされてる」と疑問を抱き続けていた。現役時から魅力を感じたのはフランスでの指導。「みんな目を輝かして道場に来る」という印象があった。
フランスでは礼儀作法や集団で過ごす社会性を身に付けさせるために、親が子どもに柔道をやらせるケースが多い。6、7歳の頃から小学校で教わらない「道徳」を道場で学ぶ。
指導は一筋縄ではいかなかった。日本人と違って反復練習を嫌うため、同じ技を教えるにも少しずつ目先を変えて飽きさせないように工夫した。時にはゲーム的な要素も取り入れた。「楽しんで『また来たいな』と思わせるかが大事。腹八分目で帰らせるのも一つの手」
金メダリストの肩書も子どもたちの前では通用しない。それでも「9人が言うこと聞かなくても、1人は聞いている。そういう子のためにやらなきゃいけない」。大切にするのは中学時代の先生に言われた「道場で一番強くなりたかったら、一番優しい人になりなさい」との言葉。競技だけでない柔道の魅力を知ってもらい、大人になったときに自分の子どもを通わせたい。そんなサイクルを思い描く。
「雇われ」指導者として10年間を過ごし、2018年に独立。今秋には夢だった自前の道場がプルベンヌという町にできる。「幸運なことに柔道には流派がない。だからこそ、正しくつなげていかなきゃいけない。次代に引き渡す役目がある」。海を渡った先人たちの思いを受け継ぐ。 (時事)
[時事通信社]
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