消えた長毛種の犬 北米先住民が毛織物に使用
【ワシントンAFP=時事】北米大西洋岸の先住民が数千年にわたって繁殖し、欧州諸国による植民地化後に急速に絶滅へ向かった長毛種の犬が存在したことが、米科学誌サイエンスに発表された研究で明らかになった。≪写真は、約160年前の長毛種の犬「マトン」の毛皮。米スミソニアン国立自然史博物館提供≫
サリッシュ海沿岸の先住民は、20世紀初頭に消滅したこの犬の毛を羊のように刈り、毛布やバスケットを織り、儀式などで使っていたという。
新たな研究は、この犬種の最後の数匹のうち「マトン(羊肉)」と呼ばれた個体の毛皮の遺伝子解析に基づいて行われた。毛皮は1859年に創設されて間もない米スミソニアン協会へ贈られたまま、2000年代初頭まで忘れ去られていた。
論文の共著者として名を連ねる先住民サリッシュの人々へのインタビューによると、当時の先住民社会はこの犬を家族の一員として尊重していた。また、貴重な品々にこの犬を描いた紋章が付けられていた。
人類史の中でいつ、どこで飼いならされたのかはいまだ分かっていないが、1万5000年前、南北アメリカ大陸へ最初に定住した人々が犬を連れていたことははっきりしている。
だが、これら先住民が連れていた犬種は、欧州からの入植が進んだ数100年の間に消滅してしまい、現在のアメリカ大陸の犬には関連する遺伝子はほとんど含まれていない。
■遺伝子解析
論文の主著者を務めたアメリカ自然史博物館の分子生物学者オードリー・リン氏は、スミソニアン協会の博士研究員だったときに、遺伝学的研究がほとんど行われていなかった「マトン」の毛皮を見つけた。
遺伝子解析によって、この長毛種は約5000年前に他の系統から分岐したことが分かっている。
リン氏は「近交弱勢(近親交配による適応度の低下)の兆候が見られた。非常に長い期間にわたって、非常に注意深く、繁殖が維持されていたことを示している」と述べた。この犬が囲いの中や沿岸の島々で隔離されて飼育されていたとする先住民の証言と一致する。
■文化的ジェノサイド
マトンはヨーロッパ犬種の導入から何十年もたっていた時期に生きていたにもかかわらず、植民地時代以前から引き継いだ遺伝子が85%を占めていた。先住民が血統の純粋性を維持していたという見解を裏付けている。
研究チームはマトンのゲノムに含まれる1万1000個の遺伝子を分析。そのうち、毛の成長と毛包の再生に関連する28個の遺伝子を特定した。これらのDNA配列はマンモスと同様だったという。
炭素や窒素などの化学分析からは、マトンの生涯が1年半とごく短かったことも分かった。
また子犬の頃のマトンは糖蜜とコーンミールを食べていたが、その後、米国と英国領だったカナダの国境問題を解決するための探検隊の一員だった民俗誌学者ジョージ・ギブスに連れられ太平洋岸北西部を旅するうちに、狩猟で得た肉を食べるようになったことが判明した。
マトンの物語は、サリッシュ海沿岸の先住民の長老や知識を伝承するナレッジキーパー、織物職人たちの口述史料がなければ完全なものにならなかっただろう。
論文の共著者で自らも米先住民のマイケル・パベル氏は「私たち先住民は、植民地化、ジェノサイド(集団殺害)、同化を特徴とする非常に敵対的な歴史の一部に遭遇した。伝統文化、儀式、歴史と私たち先住民をつなぐ生活のあらゆる側面が根絶やしにされた」と述べた。
長毛種の犬を飼っていたのは高位の女性たちだけだったが、この習慣は植民地に渡ってきたキリスト教宣教師たちを怒らせた。
さらに欧州人が持ち込んだ天然痘によって、サリッシュ海沿岸の先住民人口は激減し、長毛種の犬を飼うためのさまざまなリソースも失われてしまった。【翻訳編集AFPBBNews】
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