被災院長「どこにも行かん」=住民診察、半年ぶり再開―能登半島地震・輪島市
「どこにも行かん」。石川県輪島市の山あいにある三井町唯一の診療所「宮下医院」は、能登半島地震で全壊した。人口流出が進む中、宮下隆司院長(67)は再建を一時諦めかけた。しかし地域住民の声を受け、被災半年を控えた6月下旬に診察を再開。被災者の健康と心を支えている。
宮下氏は1995年に外科医だった父の下で副院長として働き始め、2014年に後を継いだ。親子2代で約60年にわたり診療所を運営。ところが、診療所は地震で全壊した上、レントゲンなどの医療機器も故障して休診に追い込まれた。
薬の処方だけは続けようと、避難先の金沢市から毎週戻った。ただ、町を離れる住民は後を絶たず、薬を求める患者も次第に減少。「町は更地になり、誰もいなくなるかもしれない」。診療所の再建断念も考えたが、三井町の避難所に顔を出すと「先生、どっか行かんやろうね」と心配する住民から声を掛けられた。「自分が診てあげないと」。再起を決めた。
被災から半年を控えた6月26日、診察室として使える仮設の医療コンテナを診療所駐車場に設置して診察を再開。体調を尋ねると、顔なじみの患者らは不眠や鼻炎といった悩みを打ち明けた。次第に会話が弾み、コンテナには笑い声が響いた。
「先生は気さくで、何でも遠慮なく相談できる」。そう話すのは穴水町の橋本孝子さん(73)だ。自宅からは同町内の総合病院より近いといい、通院は5年以上にわたる。「診療所はなくてはならない存在」。久しぶりの診察を終えると、ほっとした表情で診療所を後にした。
初日は朝から10人ほどの患者が診療所を訪れた。宮下院長は「遅くなったが、なんとか再開できた」と笑顔を見せる。当面は週2日の診察だが、診療所は規模を縮小した上で再建する予定という。「迷ったけど、再建を決めた。どこにも行かん」。
[時事通信社]
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