2021-07-08 08:27

「アンダーコントロール」で招致=後ろめたさ残した圧勝―五輪、迷走の8年(1)

 五輪招致の専門家に言わせれば、国際オリンピック委員会(IOC)委員の大半は立候補都市の最終プレゼンテーション前に腹を決めている。「動いても2〜3票くらい」。2020年大会開催を勝ち取った東京も、事前に票は固めていた。
 3都市が争った投票の数日前、総会会場のヒルトン・ブエノスアイレスのロビーで東京の招致委員会関係者は「1回目(で勝てる)過半数に7票足りない」と言った。票読みの一部を示し、自信を深めていた。その裏で事態がわずかに動く。
 東京を推すIOC委員が招致委の1人に耳打ちした。約100人の委員が宿泊する部屋で、東日本大震災による福島第1原発事故のニュース映像が不自然なほど繰り返し流れたという。原発の汚染水問題は東京にとって最大の懸案。敵陣によるネガティブキャンペーンと見る向きもあった。
 そこでプレゼン戦略を練り直し、福島にも言及した。演説に立った当時の安倍晋三首相が「状況は統御されている」と英語で断言した。アンダーコントロールの一言は国内外で後々まで語られることになるが、本当の肝は、その後だった。
 東京支持のハイベルク委員(ノルウェー)が福島について質問し、安倍首相はデータを交えて答えた。よどみがなかった。招致委関係者は「他の都市を支持する委員から問われて、おろおろして答えたらまずかった」と振り返る。この質疑応答は周到な戦略の一環だったとの見方もある。
 東京は汚染水問題を巧みにしのぎ、反政府デモがあったイスタンブール、財政危機のマドリードをかわした。1回目は過半数に6票まで迫り、決選投票で圧勝。ほぼ事前の票読み通りだった。
 ある招致委幹部は「首相の言葉がなかったら苦戦したかもしれない」と言いつつ、続く一言をのみ込んだ。本当はアンダーコントロールではなかった、という思いは今でも引っかかっている。
 プレゼン後、IOC最古参委員のパウンド元副会長(カナダ)は「西洋的な厳しい質問に、首相は西洋的な答えを返した」と語った。西側中心のサロンとやゆされるIOCの委員には響いたかもしれないが、後ろめたさを残すことになった。
 ◇問題相次いだ8年
 東京五輪は2013年9月7日に開催が決まってから問題が相次いだ。国立競技場とエンブレムの白紙撤回、招致疑惑、経費高騰、マラソンの札幌移転、史上初の延期、そして―。新型コロナウイルスの余波も受けた迷走の8年を振り返る。