2021-08-30 15:29

割り切れなくても疾走=伊藤、サポートに感謝―陸上〔パラリンピック〕

 東京パラリンピックの開幕直前、障害の軽いクラスに変更された陸上男子の伊藤智也(58)=バイエル薬品=がレースを終えた。29日の男子400メートル(車いすT53)で予選敗退。自身を支えてくれたチームに感謝し、笑顔で国立競技場を去った。
 進行性の難病、多発性硬化症を抱える。長年競技を続けてきたT52のクラス分け有効期限は2020年末だったため、東京大会の延期により見直しの必要に迫られた。
 しかし新型コロナウイルスに感染するリスクを考慮し、クラス分けの機会となる国際大会の出場を断念。国内でも宿泊を伴う遠征は控え、5月のテスト大会も自宅のある三重を午前3時に出発して日帰りで参加したほどだった。
 昨年11月には病気の再発もあり、「体が良くなった実感はない」。それでも以前よりも障害が軽いとの判定を受け、メダル候補だった3種目に出場できなくなった。「まるで高校生と小学生ぐらいの違いがある」と表現した通り、競技レベルの高いT53クラスで走るしかなかった。
 「クラスがどうであれ、スタートラインに就いたときの気持ちは常に一緒」。割り切れなくても腹をくくった。他の選手が40秒台後半で走る中、伊藤は57秒16。自己ベストにも「気持ちが入り過ぎた」と満足はできなかったが、T52クラスでは銅メダル相当のタイムだった。
 レース後に口をついて出たのは、自身のためにチームを組んで競技用車いすを開発してくれた企業への思いだった。「最高のエンジンになって、彼らの夢の先にあるものを、少しでもいい色のメダルに変えたかった。残念だったが、感謝している」。ベテランの表情は充実感に満ちていた。