「立を」、亡き同志の言葉今も=見守り続ける高校恩師―パリ五輪柔道・斉藤選手
「立を」。パリ五輪の柔道男子100キロ超級に出場する斉藤立選手(22)を指導した岩渕公一さん(68)の脳裏には、2015年に54歳で亡くなった斉藤選手の父仁さんの言葉が刻まれている。柔の道を共に歩んだ「同志」から託された思いを胸に、斉藤選手を支え続けている。
五つ後輩の仁さんとは、仁さんが郷里の青森県から国士舘高に入学した時から道場で共に汗を流した仲。病に倒れた監督から任され、半年間、指導したこともある。
短い間の「師弟」関係だったため、岩渕さんは仁さんを教え子とは認識していない。しかし、「彼はずっと『先生、先生』と。陽気で、カラオケでは津軽弁で歌って周りを笑わせていた」と懐かしむ。
仁さんが五輪連覇、全日本選手権制覇を果たした時は喜びを分かち合った。その後岩渕さんは高校監督、仁さんは大学監督として、国士舘柔道の発展に尽力した。
仁さんは、幼少の頃の斉藤選手に厳しく接したが、ある時、岩渕さんが「立は技がうまいし、相当良いんじゃないか」と話し掛けると、「それほどでもないですよ」と言いつつ、ニカッと笑った。「こいつも人の親だなと思った」と岩渕さんは振り返る。
息子の活躍を期待していた中、仁さんはがんに侵された。亡くなる少し前、岩渕さんが病室を見舞うと、意識がもうろうとしている様子の仁さんが声を絞り出すように言った。「先生、立を」
その後、斉藤選手は父の足跡をたどるように国士舘高・大に進学。岩渕さんは高校3年間を指導した後も、大会前など事あるごとに斉藤選手の相談相手となり、パリへの道程を支えた。「病室での言葉が忘れられない。立が不安に感じた時、手助けできればとの思いがある」と語る。
斉藤選手は8月2日、畳に上がる。試合前に首を回すしぐさ、すぐに冗談を言うところなどは、「父とそっくり。『うり四つ』」と表現する岩渕さん。亡き同志の息子の勇姿を静かに見守る。
[時事通信社]
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