2022-12-05 13:33World eye

サッカーW杯に見る政治 因縁の対決を振り返る

【パリAFP=時事】サッカーW杯には今回のカタール大会でのイランと米国のように、外交的に対立している国同士が対戦した例が過去にもある。地政学的な関係がピッチに影響を及ぼした過去の対戦をまとめた。≪写真は1986年サッカーW杯メキシコ大会準々決勝、アルゼンチン対イングランド。イングランドのテリー・ブッチャー<手前左>とGKピーター・シルトン<右>をドリブルでかわして2点目を入れるアルゼンチンのディエゴ・マラドーナ<手前左から2人目>≫

■1938年大会:ムソリーニと戦争の影
 第2次世界大戦が勃発する1年前の1938年。前大会の覇者イタリアと開催国フランスの試合では政治的な要素が注目された。
 当時のイタリアは、ファシストの独裁者ベニト・ムソリーニの政権下。イタリア代表がピッチに登場すると、スタジアムからブーイングが起きた。
 これに対し、ムソリーニの悪名高い武装行動隊「黒シャツ隊」に敬意を表して黒いユニホームを着たイタリアの選手らはめげることなく、片手を高く上げる「ファシスト式の敬礼」で応えた。
 イタリアは3-1でフランスに勝利。そのまま勝ち進み、優勝を果たした。

■1974年:東西ドイツ唯一の対戦
 ドイツが東西に分断されていた1949~1990年、東西ドイツのフル代表が国際公式試合で相まみえたのは1974年のW杯での1回だけだ。
 時代は冷戦のさなか。「兄弟対決」と呼ばれた試合は緊迫し、終了後の選手同士のユニホーム交換も禁止に。テロ対策として、スタジアム周辺には武装部隊が配備された。
 これが最初で最後のW杯出場となった東ドイツは1-0で劇的な勝利を収めたが、その後、西ドイツが順調に勝ち上がり、優勝を決めた。

■1986年大会:イングランドと戦ったマラドーナ
 フォークランド紛争でアルゼンチンが英国に敗れた4年後の1986年W杯メキシコ大会。準々決勝でイングランドと対決したアルゼンチンは、ディエゴ・マラドーナが2得点を挙げて勝利し「リベンジ」を遂げた。
 マラドーナの1点目は、物議を醸した「神の手ゴール」による得点。その数分後に決めた2点目は5人抜きゴールで、後に国際サッカー連盟(FIFA)の投票で「世紀のゴール」に選ばれた。
 マラドーナは「自分たちにとってはこれが決勝戦だった。大事なのは試合に勝つことではなく、イングランドを撃破することだった」という言葉を残している。

■1998年大会:敵に花を贈ったイランチーム
 1979年のイラン革命以来、対立しているイランと米国。1998年W杯フランス大会でそれぞれの代表チームがキックオフ前に交わしたのは、戦争ではなく平和の象徴だった。
 イランチームが米国チームに贈ったのは、白いバラの花束だ。
 だが、親善ムードが漂ったのもそこまで。イランは2-1で米国を下した。

■2018年大会:スタジアムの「コソボ紛争」
 2018年のW杯ロシア大会、スイス対セルビア戦では、かつてセルビアの自治州だったコソボにルーツを持つアルバニア系スイス人選手2人が、ゴールパフォーマンスでセルビアの人々を激高させた。2人が示したジェスチャーは、アルバニア国旗の黒いワシを意味した。
 2008年に独立を宣言したコソボでは、アルバニア国旗の双頭のワシが独立の象徴として捉えられている。一方のセルビアはコソボの独立を認めていない。
 両親がアルバニア移民のグラニト・ジャカは1点目を決めた後にこのポーズを取り、コソボ生まれのシェルダン・シャキリも逆転ゴールの2点目を決めた際に同じくこのポーズを取った。
 FIFAは競技規則で政治的メッセージの発信を禁止しており、2人は罰金を科されたが、出場停止処分は免れた。【翻訳編集AFPBBNews】

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