2022-09-26 14:27World eye

アウシュビッツで唯一知られる結婚式 ウィーンで企画展

【ウィーンAFP=時事】結婚写真を撮るために盛装した新郎新婦。だが2人の顔に笑みはない。この男女が結婚した場所は、第2次世界大戦中にナチス・ドイツがポーランドに設置したアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所だった。死のキャンプで行われたことが唯一知られている結婚式だ。≪写真は1944年3月18日にナチス・ドイツのアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所で結婚したルドルフ・フリーメルさんとマルガリタ・フェレールレイさんの写真。オーストリア・ウィーン市庁舎図書館の企画展カタログより≫
 新郎は、ルドルフ・フリーメルさん。ナチスに対する抵抗運動に参加したオーストリア人の共産主義者だ。新婦はスペイン人のマルガリタ・フェレールレイさん。
 この写真は現在、フリーメルさんの故郷であるオーストリアのウィーン市庁舎図書館で今月末まで展示されている。
 「アウシュビッツの結婚式」と題された企画展は、2人の遺族から提供された資料と写真を中心に構成されている。
 2人が出会ったのは、1936年。フリーメルさんは、スペイン内戦でフランシスコ・フランコ将軍率いるファシスト勢力と戦う国際旅団の一員としてスペインに赴いていた。
 フリーメルさんはオーストリアに帰国後の1942年、アウシュビッツに送られた。収容所ではナチス親衛隊(SS)の車両修理の仕事に就かされた。
 ウィーンのミハエル・ルートウィヒ市長は、ナチスにとって憎むべき敵であるフリーメルさんが、結婚式を挙げるという特権をなぜ認められたのか、今も分からないと語る。
 夫妻の孫のロドルフ・フリーメルさんは「最も興味深いのは、恐怖の最中にも愛があったことです」とフランス南部の自宅で語った。
 「おそらく祖父母は互いにもう一度会うためだけに、結婚式を挙げたのではないでしょうか」
 フェレールレイさんは結婚式のため、1941年に生まれた息子とフリーメルさんの父親と一緒に、ウィーンからアウシュビッツまで行くことを許された。
 婚姻は1944年3月18日午前11時に登記された。
 だが、フリーメルさんはその年の12月、脱走計画に加担したとして絞首刑にされた。収容所が解放されたのはその1か月後だった。
 戦後、妻のフェレールレイさんと息子はフランスに転居した。親子に残されたのは、フリーメルさんからの悲痛な手紙と詩だけだった。
 フェレールレイさんは1987年に死去した。【翻訳編集AFPBBNews】

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