2021-12-12 07:32スポーツ

渇望と直感の9秒95=山県、9年越しの解放―21スポーツ回顧・陸上

 決勝のレースを走るか棄権するか、山県亮太(セイコー)は悩んでいた。6月6日に鳥取市で行われた陸上の布勢スプリント。男子100メートル予選で10秒01を出して東京五輪の参加標準記録(10秒05)を突破し、最大の目的を達成したからだ。
 五輪代表選考会の日本選手権まで3週間を切っていた。けがをすれば間に合わない。鳥取入りする前は膝に不安を抱えていた。高野大樹コーチからは「リスクがあるんだったら出なくてもいいのでは」と言われたが、9秒台への渇望があった。
 「人生で9秒台を狙えるレースはそう多くない。僕はだいたい2本目、3本目の方が良くなるので、狙えると思った」。大会2日前の練習中には突然、加速で「一歩一歩、スピードを上げていける」という感触をつかんだ。5月20日に膝が痛くなり、以降の2週間は練習量を減らして筋肉量も落ちたが、「ある意味、体が軽くなってプラスに働いた部分があったかもしれない」と振り返る。
 9秒台は五輪で決勝進出の目安。高野コーチに「五輪の準決勝のつもりで走ります」と告げて決勝に向かった。号砲が鳴ると記録のことは考えずレースだけに集中。左隣の多田修平(住友電工)と激しく競り合い、後半に突き放して9秒95の日本新記録を樹立した。
 2012年4月に10秒08を出し、高まる周囲の期待とともに9秒台を意識し始めた。10秒00は2度も出したのに届かない。19年以降は故障続きで引退も頭をよぎった。苦難を乗り越え、ようやく壁を破ったときの感情は「9秒台を出さなきゃ、というものから逃れられる気持ちが大きかった」。第一人者の本音だった。 
[時事通信社]

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