2020-05-26 07:12スポーツ

重圧乗り越え「頑張った」=前畑、紀ノ川で育った天才少女―五輪・金メダル1号物語

 日本女子初の金メダリスト、前畑秀子の名は五輪史に刻まれている。ラジオで実況したNHKアナウンサーによる「前畑頑張れ!」の連呼も広く知られている。1936年ベルリン五輪の競泳女子200メートル平泳ぎを制した22歳のヒロインは、計り知れない重圧に打ち勝った。
 和歌山県橋本市出身。生家近くを流れる紀ノ川で泳ぎ、才能が育まれた。56年メルボルン五輪で男子200メートル平泳ぎ金メダルの古川勝も同郷。地元に発足している「前畑秀子・古川勝顕彰活動委員会」の前畑専用ホームページによると、3歳から泳ぎ始めた少女はめきめきと上達していった。
 橋本尋常高等小学校の先生たちが、川の流れが緩やかなところにくいを打ち、板や縄を利用して「天然プール」をつくってくれた。先生は大阪で近代泳法を学び、子どもたちに教えた。前畑少女は水しぶきを上げない「平泳ぎ」に驚き、この種目を選んで学童新、さらに日本新記録。天才ぶりを発揮した。
 名古屋の椙山第二高等女学校に編入し、トップスイマーへ。31年に母、父を相次いで病気で亡くした悲しみを乗り越え、32年ロサンゼルス五輪200メートル平泳ぎで優勝者と小差の銀メダル。本人は満足したのに、周囲が黙ってはいない。「次は何としても金を」との期待が重くのし掛かった。
 それまで以上に猛練習。ほぼ一年中、泳ぎまくった。金メダルは半ば使命。ベルリン五輪決勝の当日、洗面所でお守りを丸め、水と一緒にのみ込んだという。「どうか後押ししてください」と。
 元新聞記者の力武敏昌さん(86)は64年東京五輪を取材した際、競泳会場で偶然、兵藤(旧姓前畑)秀子さんと懇談する機会があった。その時、ベルリン五輪の思い出をこう語ったという。「プレッシャーが本当にすごく、勝ててホッとしました。金メダルを取れなかったら日本に帰れないと思っていましたから」。 
[時事通信社]

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