2020-02-25 21:55国際

絶大権力、晩節汚す=エジプト安定・発展に評価も―死去のムバラク元大統領

 エジプトが王制から共和制に移行してから最長の約30年間大統領に座り続け、絶大な権力を誇った古代エジプト王(ファラオ)にも例えられた。しかし、民主化より体制安定を優先させる旧態依然の政治は批判も招いた。人権侵害や腐敗への国民の反発で晩節を汚し、2011年の大規模デモで辞任を迫られた。
 1973年の第4次中東戦争の英雄として若くして副大統領に登用され、81年のサダト大統領暗殺事件を受け突如、最高権力者の座に就いた。
 待ち受けていたのは、サダト氏を殺害したイスラム過激派との対決だった。20年近い過激派との戦いは、日本人10人を含む62人が殺害された97年の南部ルクソールでの外国人観光客襲撃事件など、多くの犠牲を出しながらも、90年代末には過激派組織を壊滅状態に追い込んだ。
 一方で、非常事態宣言に基づく令状なしの身柄拘束、拷問も辞さない取り締まりは過激派以外も対象となり、人権軽視、反民主主義的と非難された。11年1月、北アフリカのチュニジアでベンアリ独裁政権が崩壊すると、呼応してエジプト国民の不満が一気に爆発。反体制デモが瞬く間に拡大した。
 外交面ではサダト氏が敷いたイスラエルとの和平路線が良好な対米関係につながり、米国からの巨額援助と支持を取り付けた。半面、イスラム過激派に加えて親パレスチナのエジプト国民からは不興を買った。
 情熱的な演説で大衆を熱狂させた歴代のナセル、サダト両大統領と比べ、言動は地味で人気は低かった。次男ガマル氏に権力を世襲させようとする動きも国民を失望させた。
 ただ、混乱が絶えない中東で国内の安定と発展を促した手腕には一部で評価もある。シシ現政権下で経済が悪化し、エジプトの国際社会での存在感が薄まる中、「アラブの盟主」として君臨したムバラク時代を懐かしむ声も聞かれる。(カイロ時事)
[時事通信社]

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